高輪エステートは、一般の賃貸売買の仲介業務のほか、相続対策、相続税節税などの不動産活用のご相談を得意としております。   事業再生(事業承継/相続など)を手がけてきた背景があり、収益用小口不動産による所得税/法人税の節税対策などにも対応。   金融の知識を持つ不動産業者として、困ったときや難しい状況での対応に強みがあります。 

徳川家の功績

 今日の高輪は、高輪一丁目から高輪四丁目まであり、18の坂があります。高台の高輪三丁目には「高輪台」があります。ちなみにお隣の白金には「白金台」があります。坂や台地がたくさんある街ですね。

MINATOあらかると 高輪地域の坂

 でも、高輪に限ったことではなく、ほんとに東京都心部は起伏に富んでいますね。ちょっと歩けば坂道。私は大森駅近くに住んでいるのですが、大森駅周辺も坂だらけ。大阪平野の上町台地くらいしか起伏を知らない東大阪育ちの私には、初めて東京にきたとき、なんて凸凹な都市なんだろうかとびっくりしたものです。 

登り坂の途中にある品川税務署 税金も登り坂・・・

登り坂の途中にある品川税務署 税金も登り坂か…

 

東京といえば「武蔵野」という大平原というイメージが平安時代には貴族たちの間で共有されていたでしょうが、実際は起伏が多いので、どちらかといえば治世者にとっては農耕にも向かない、治めるのには適した土地ではなかったのです。 

でも、豊臣秀吉が小田原の北条氏を滅ぼして天下統一した後、徳川家康は元来の勢力基盤だった三河・遠江・駿河を取り上げられて、関東平野を与えられます。

江戸時代 古地図

江戸時代 古地図

家康の旧領国には、豊臣秀吉に若い頃から仕えていた信頼できる武将(2006年に放送されたNHK大河ドラマ『功名が辻』に登場した、山内・堀尾・中村が代表例です)たちが配置されますが、家康への牽制といえるでしょう。関東行きは、いわば体の良い「左遷」だったわけです。でも、家康は関東行きの逆境を順境に変えてゆきます。 

そして関ヶ原の戦いを経て、江戸時代、江戸は百万人の人口を擁する同時代の世界屈指の大都市と変貌してゆきます。そして、さらに年月を経て、今日の東京の姿へと続いてきます。

そう考えると、徳川家康の偉大さ、そして歴史や時代の流れの雄大さが感じられるような気がして、なんだか感慨深いものですね。。。

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